「いつかまた」
 
 ―――コンっ。
 
 足元の小石を蹴る。
 角の無いすべすべした黒い石。玉砂利と言うのだ、と教えてくれた人はもう居ない。
 
 ―――カツンっ。
 
 綺麗に磨かれた四角い石を軽く拳で小突く。
 御影石と言うのだと、微笑んで教えてくれた人はもう居ない。
 
「どうして、かな……」
 夏の空は底抜けに青くて。
 山裾に掛かる雲は白く厚くて。
 わんっとなるほど蝉の声は降り注いで。
 周囲の緑を潜り抜けた風は馨しくて。
 去年よりもまた少し背の伸びた自分は此処に居て。
 なのに―――
「どうして、かなぁ……」
 どうして、貴方が此処に居ないのでしょう。
「ねぇ、お祖父ちゃん」
 綺麗な回り灯籠を飾っていた静かな横顔。
 いつもの場所に新しい蝋燭とお線香を用意していた背中。
 欄間に飾った大きな写真の埃を丁寧に払っていた骨ばった優しい指。
 そっと瞼の下に隠された今でも変わらぬ愛しさを湛えた瞳。
 この時期になると茄子や胡瓜を用意して、人形を乗せた小さな船を一人で川に流しに行っていた。
 喜びと哀しみと愛しさと切なさが複雑に入り混じった表情に、子供心ながら共に行ってはいけないのだと解った。
 大好きな、大切な、お祖母ちゃんとの約束の場には、誰も供をしてはいけないのだと。
「其処には、お祖母ちゃんも一緒にいるの?」
 きっと居るのだろう。
 年明け前の冬の朝、お祖父ちゃんはとてもとても静かに眠っていた。
 もう二度と覚めない、そんな深い深い眠りについていた。
 穏やかで、安らかな、優しい夢を見ている顔で眠りについていた。
 きっと、天寿いっぱい生き抜いたお祖父ちゃんを優しい労いの瞳でお祖母ちゃんが迎えに来たのだろう。
 だって、お祖父ちゃんの右手は緩く確かに握られていたから。
 お祖母ちゃんと手を繋ぐように―――
 
 陽の光に手を翳し、深みを帯びだした蒼穹を見上げる。
 小さくなった蝉時雨に時の移り変わりを感じる。
 もう夏も過ぎ、秋が来る。
 我も我もと押し寄せる深緑達も、鮮やかな衣纏ってやがて土に返るのだろう。
 でも、返りしその葉もまた巡りて生命【いのち】の一部へと還る。
 返る。
 還る。
 いつかどこかで、彼らも何かに還るだろう。
 いつかどこかで、また何度でも巡り合うのだろう。
 生命【いのち】の螺旋が回り続ける限り、その営みは止まらない。
 決して。
「また、いつかどこかで会おうね、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」
 願わくば、その時もまた貴方達と家族で在ります様に。
 閉ざした双眸で蒼穹を仰ぎ、誰とも無くただ静かに祈った。

「いつかまた」END.

 

 

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