「高槻神社のある町 -その周辺の人々2-」
1.今来むと 「寒ぃ……」 元旦の鳥居前なんて、絶対に待ち合わせ場所にすべきじゃない。 短い人生経験でも学べる教訓は、此処に立ってから僅か数分で悟るに足りた。 眼前には人人人。まさに人混みの大河だ。これを掻き分け掻き分け泳ぎきるなど、考えただけでうんざりする。 「ったりぃ……」 元々人混みなんて大嫌いな和臣は、元旦早々景気の悪い溜息を吐きだしながら、悴む手をダッフルコートのポケットの中に突っ込んだまま、マフラーに首を埋めるように肩を竦めた。 寒さを堪えてチラ見した腕時計の長針は、軽く十分は約束よりも早い。待ち合わせの相手が級友なら、時間ギリギリで来るか、メール一本で温かい甘酒でも飲みに行くのだが、自分が離れている間に相手が来たらと思うと離れるわけにもいかない。 和臣の待ち合わせ相手は何かと絡まれやすい。小柄で小動物的な彼女は、嗜虐心を煽ると言うか、からかって構い倒したくなるタイプなのだ。 「しゃーねぇか」 こんな人混みに一人にしていては、性質の悪い輩に絡まれるのは想像に難くない。ならば、和臣にできることは、 「なるたけ早く来てくれよ」 折角、神様のお膝元なのだ。早速、彼女との一秒でも早い邂逅を祈ってみることにした。 2.長からむ ―――がらん、がらん。 ―――パンっ、パンっ。 鮮やかに飾られた紐を引けば、高らかに鈴が鳴る。
親戚曰く「御神体の家の呼び鈴?」の鈴を鳴らしてをおとないを告げ、柏手を打って挨拶し、揃って今年の抱負などを胸中で願ってみる。 「今年こそ委員長と一線をっ」 「黙んなさいっ、大馬鹿たれっ!!」 ―――中には、胸中の願望をうっかり口から垂れ流してどつかれている馬鹿も居たりして。 隣りで他人の振りをしつつ、こっそり心の中で似たような願いを祈っている辺り自分も若いな、なんて爺むさく考えるから、隣りの馬鹿もとい従兄弟の由樹にムッツリスケベなんぞと不名誉な呼び方をされるのだとは気付いていても目を逸らしている。 (お年頃だから、な) 逆隣りをチラリと見れば、何やら懸命にお願いしている彼女の姿。 「? 美幸くん?」 小首を傾げる仕草に真っ直ぐな黒髪がサラリと揺れ、美幸は何でもないと目を細める。 今年も来年も再来年も、彼女が隣りにいる日々が続きますように――― 3.逢ひ見ての 「はぁ………」 財布が寂しい。 新年早々、吐く溜息はかくも深く、懐に吹く隙間風はかくも厳しい。 恋人へのクリスマスプレゼントと弟妹従兄弟どもへのお年玉に、一体何枚の諭吉さんとさよならをしたのか。 ああ、本気で考えたくない。 特にチビども。満面の笑みの「あけましておめでとうございます」が免罪符になると思うなよっ。せめてDSからは手を離して言いやがれっ。 「今月は節約しないとなぁ……」 「って、新年早々凄い溜息だねぇ、時枝さん」 隣りでハンドルを握っていた恋人が苦笑しながらチラリと見やるのに、「お年玉がねぇ」と愚痴れば「ああ、アレはなぁ……」と此方も微妙な表情【かお】。 不景気を反映して給料は年々厳しくなるのに物価は全然下がらない。ついつい姉心から子供達への軍資金を奮発してしまえば、今度は自分の軍資金が乏しくなる。当たり前と言えば当たり前だが、世知辛い世の中である。 「とりあえず、DSからは手を離せと言いたい」 「同感」 重々しく言葉を紡げは、間髪いれず重々しい同意が返ってくる。こう言う共感が一緒にいたくなる理由の一つなのだろう。 「とりあえずそれは忘れて。俺のことで頭いっぱいになって欲しいなぁ、なんて思うのですがどうでしょう?」 「うむ、その方が建設的だね」 妙に下手で丁寧語なセリフに笑い出すのを堪えて真面目腐って答えれば、けらけらと笑いながら小さな二人きりの密室を一夜の愛の巣へと滑り込ませて行った。 4.忍ぶれど (正月早々に本屋? 放っといてくれ) 誰にともなく突っ込みを入れつつ、貰ったばかりのお年玉を財布に欲しかった本を求めて本屋に来ている自分が変わり者の自覚はある。 友人にも「彼と初詣にでも行きなさいよ」と言われていたにも関わらず、人混みの多さに行く前からうんざりして、相変わらず図書館でしか会っていない自分て何だろうと思わないことも無いのだ。 「でも、あの人混みに突撃できる由樹達って凄すぎるよ」 とてもじゃないが真似出来ない、ってかしたくない。 若人として間違っているのは解っている。変わり者なのも解っている。でも、 「本に囲まれてるのが一番幸せなんだもん」 図書館でも本屋でも、本に囲まれているのが一番落ち着く。 いいのだ。若者らしくなくても。若者らしさなんて燃えるゴミの日に捨ててやる。 「在った。って、届かないーーー」 高い本棚を使ってる本屋なんて勉強しなおして来いっ。 懸命に手を伸ばすがあと少しで届かない。周囲を見回すが踏み台も見当たらない。 どうしてくれようと目当ての本を睨んでいたら、ひょいっと横から手が伸びて掻っ攫われた。 「あっ、それ私がっ」 「うん。はい、柚樹さん」 ぐりんと真横に振り向くと、すっかり見慣れた相変わらず動悸が激しくなる優しい笑顔。思わずはくはく口を開閉させる柚樹の手に目当ての本を載せて、彼はにこりと微笑んだ。 「お正月早々偶然だねぇ」 にこにこと笑う彼にどんどん赤くなっていく顔を自覚しながら、幸先の良い一年の始まりに小さくガッツポーズした。 ex.我身なりけり 「正月早々仕事初めの学生なんて俺くらいだよなぁ……」 「愚痴ってたって始まるまいに」 「言いたいんだよっ、言わせろよっ!!」 「だいたい嘆くとこはそこじゃないだろう」 「仕事納めすらなかったのぅ」 「それを言うなぁーーーーー!!!!」 痛いところを的確に突き刺し捲る十二単の美女と白い着流しの青年に、うがぁーーと叫びながら黒髪の少年は腹いせに体力が尽きるまで追いかけ回し、その姿を青袴の娘と茶の羽織の翁が気の毒そうに見守っている情景が高槻神社の恒例行事なのは、身内だけの秘密である。 「高槻神社のある町 -その周辺の人々2-」END. |