「高槻神社のある町 -その周辺の人々3-」
1.I Will Always Love You 彼女との待ち合わせに人混みを突っ切っていた和臣は、美容室に張られた『成人式の着物レンタル受け付けます』の広告にふと目を留めた。 「とうとう成人かぁ」 既に誕生日の来ている自分も、まだ誕生日の来ていない彼女も。 合法的に酒が飲めるようになり、犯罪を犯せば実名が報道される境目の歳。法の禁則が少しだけ緩くなり、その分責任が重く圧し掛かる境界線。 母校の教師になりたいのだとはにかんで告げた小夜も、将来刑事になりたい自分も、まだまだ学ぶべきことも取るべき資格も幾らでも残っている。 それでも。 「ずっと隣りに居て欲しい、な……」 自分の中の正直な願いを口に乗せ、表情に乏しい面に優しい笑みを刷く。 自然と急ぎ足になるダッフルコートのポケットの中で、バイト代を叩いて用意した指輪が踊る。何とかクリスマスに間に合った和臣の誓いの証。 小さくて可愛くて優しくて温かい大事な大事な和臣の宝物が、涙ぐんで微笑んでくれるまで、あともう少し――― 2.Stand By Me 身に寒風が沁み、財布の中にもやっぱり吹きすさぶ。 「はぁ……今年も……」 「まぁ、来年からは無しということで」 寒いと訴える財布の叫びに痛む懐にそっと蓋をして、時枝は隣りで苦笑する似た者恋人に肩を竦めて見せた。 「当然よ。大学生なんて時間余ってるんだから自分で稼げばいいのよ」 三人とも志望校の合格ラインは余裕で超えているので、不測の事態でも起きない限り問題は無いだろう。 「早いもんだなぁ、もう二年か」 「そうね、もう二年だ」 同窓会の飲み会で、ひょんなことから付き合いだした二人だが、似た者同士が幸いして至って順風満帆。価値観が同じというのは何よりも長続きする素かもしれない。 「今日はうちで年越しする?」 「うん、いいね」 願わくは、来年も再来年も隣りあっていれますように。 3.Pretty Woman センター試験まで残りわずかの受験生が最後の足掻きに行うことは、やはり神頼みだろうか。 ―――がらん、がらん。 ―――パンっ、パンっ。 景気よく鈴を鳴らし、これまた景気よく手を打ち合わせた従兄弟が、かなり必死な様子で手を合わせる。 「今年こそっ! 今年こそっっ!! 彩ちゃんと一線をっごふぅっ!!」 「あんたはっ! 除夜の鐘に何を払ってきたっ!!」 女子空手部副主将を務めた委員長の華麗な踵落としが、今年も懲りずに馬鹿な発言を垂れ流した従兄弟の脳天に炸裂した。ジーパンだからできた荒業だろう。実に見事な蹴撃だった。 「何をっ! 新年早々っ! 某脳全開のっ! 発言してるかぁっ!!!」 げしげしと容赦なく背中を足蹴にされる従兄弟が悲鳴を上げつつも幸せそうに笑っていたことも、周りの幾人かが羨ましそうに妬ましい視線を向けていたことも全力で見なかったことにする。ユイにそういう性癖があったとは思いがたいが、今の彼の様子はそうとしか見えない。 (うん、ここは見なかったことにしよう) 俺は何にも見ていない、と反対隣りで目を丸くしている美華の手を取りさり気無く二人から距離をおく。人混みが微妙に引いていたからこそできた真似だが、くっきり開けた半円の空間の中心を思うと顔が引きつるのを止められない。 「受験生でしょうがあんたはっ! 少しはそれっぽいこと願いなさいっ!!」 「あ、俺、彩ちゃんが合格祝いに裸エプロンしてくれるって約束してくれるだけで受験乗り越えられおごふぅっ!!」 「まだ言うかぁっ!!」 「がはっ……せ、せめて、その巨乳に顔を埋めて心行くまで頬ずりをっげほぉっ!!」 「死ねっっ!!!」 鳴り止まない悲鳴と打撃音を背中に聞きつつ、おろおろする美華の背中を押してそそくさとその場を立ち去る。 (相棒よ、お前の雄姿は忘れない……) ある意味ものすごく男らしい発言をして散って逝った従兄弟の雄姿に心の中でそっと涙を拭いつつ、美幸は美幸でこれ幸いと二人きりを確保した恋人を連れて、改めて恋人同士の年越しを楽しむのだった。 4.La vie en rose 「寒いねぇ」 「うん、寒いねぇ」 近所の神社にお参りに来た柚樹と彰吾は、並んで歩きながら周囲の温かな明かりを灯す屋台を眺めながらゆっくりと歩く。 ゆっくり、ゆっくり、お互いに距離を測りながら歩み寄って来た二人は、今年とうとう一緒に年越しをし、初詣にまで訪れたのだ。年越しと言っても、両親が仕事で出張先から帰れなかったという三波姉弟をそれぞれの恋人が家に誘って一緒に年越しをしたのだ。 「しっかし、和臣兄ちゃんにあんな可愛い恋人がいたなんて吃驚したよ」 「僕も驚いた。恋人が出来たのは知ってたけど、まだ紹介されてなかったからなぁ」 にこにこと微笑む彰吾は、学校とは違って珍しくコンタクトレンズを嵌めていて、寒さに紅く染まった綺麗な陶磁人形の美貌に道行く人が思わず振り返って行く姿を何人も見た。 (此方を羨望の眼差しで見る女の子とか、キッツイ視線で睨んでくる女の子とかも……) 柚樹だって母親に似て整った顔立ちをしてるのだが、如何せん地味な性格が滲み出ていた。母親のような立っているだけで目を引く凛とした雰囲気は生憎持ち合わせていない。そういうのは姉と兄が全て引き継いで、双子の片割れはどっからどう見ても父親似の犬科である。 (私って、どっち似なんだろなぁ) ぼんやり考えながら隣りの綺麗な男の子を眺めていると、彰吾が小首を傾げて柚樹を見た。 「何? 柚樹さん」 「ん? んー、何で珍しくコンタクトかなぁ、と」 取りあえず、疑問に思っていたことを尋ねれば、彰吾ははにかみながら寒さの所為で無く頬を薄ら染めて眩しそうに柚樹を見た。 「柚樹さんに吊り合いたかったんだ。柚樹さん美人だから」 (う、愛い奴っ!!!) 思わずぽふっと抱きついてしまったのは、人混みの熱に浮かされたのだと言い訳したい。 ex.Beautiful Days 「へぇ……人が年の瀬もへったくれもなく働き詰めだってのに、なぁに神聖な境内でイチャついてやがるんだあいつらはぁ……」 「暁!? ちょっ、落ち着けってっ」 「滅びろリア充っ!!!」 「暁ぃっ!!? マジ、ちょっと、タンマっ!!」 「離せ和泉っ!! 馬鹿ップルもリア充も死滅させるべきなんだっ!! 百害あって一利無しなんだぁっ!!」 「大半の人間にとって視界の暴力で在ることは確かだな」 「……破廉恥な」 「昔はもっと慎み深かったものじゃが、これも時代かのぅ」 「ほんに仲良きこと」 「そこっ! ちょっと、見てないで手伝ってってっ!!」 徹夜仕事でキレ易くなっている暁を必死に羽交い絞めしつつ宥める和泉を肴に、人外たちは今年も楽しく酒杯を掲げ合うのだった。 「高槻神社のある町 -その周辺の人々3-」END. |