「高槻神社のある町 -その周辺の人々3-」
1.アンタが大将! 「んーー、やっぱりちょこっと熱あるなぁ」 「医者連れてく?」 「んーー? 昼に一度連れてってるしね、まだ、そこまででもないかなぁ」 やっとこ首が据わるか据わらないかの我が子をよいしょと抱き直して、時枝は既に自動車のキーを持ってスタンバイしている辰巳にストップをかける。赤ん坊なんて泣いてぐずって熱出して周囲をてんてこ舞いさせるのが仕事の生き物。いつだって対応はタイムリーに行わなければ手酷いしっぺ返しを喰らうが、しかして、とことん周囲を慌てさせつつ朝にはけろりとしているのもまた、赤ん坊という天使【あくま】の特性である。四人姉弟を産んだ母親も大丈夫と太鼓判を押していたので、少々周囲に構われ過ぎた疲れが出たのだろう。 「母さんも朝にはけろっとしてるって言ってたし、大丈夫でしょ」 「そ? 一応、夜間病院チェックしてるから遠慮なく言ってね?」 「ん、サンクス」 時枝の腕からそっと我が子を引き取って布団に寝かせながら言う辰巳に、時枝は素直に頷き礼を言った。 さてさて、四月に結婚式を上げて篠原時枝になってから早8ヶ月。月日の経つのは早いもので、十二月の初めに両親に半々ずつ似た女の子も生まれ、なかなか順調な日々である。こら、そこ、計算が合わないとか言わない。大人の事情は詮索しないのがお約束。良いんだよ、それなりに結婚を視野に入れたオツキアイをしていたのだから。 時枝は九ヶ月目には産休で実家に帰り、辰巳もマンションと時枝の実家を往復するつもりが、時枝母に「もう、いっそ家【うち】から会社に通えばいいじゃない」と勧められ、結局二人して藤崎家に厄介になったまま明日にはとうとう大晦日である。 本当に月日はあっという間に過ぎ去っていく気忙しい旅人である。おちおちしていたら娘の成長アルバムをうっかり取りはぐれかねない。――――――いや、無いな。うん、それは無い。常にデジカメを懐にシャッターチャンスを狙っている爺婆父親が揃っているものな。 「ところで、年越しは実家【うち】で、年始が辰巳くんとこでファイナルアンサー?」 「年越しは時枝さんとこで、年始は辰枝のご機嫌次第、かな。顔見たけりゃ、あっちが来ればいいんだし。それこそ、赤ん坊じゃないんだからさ」 辰巳氏、すっぱり言い切った。――――――うん、そーだね。自力で移動できなきゃ、碌に体力も無い生まれたてほやほやの赤ん坊よりも、まだ40代の爺婆の方がずっと移動も楽だよねぇ。自家用車も免許もあるし。 まあ、結局、だ。世の中、たいていの事情エトセトラは赤ん坊中心に進むものなのだ。 2.温泉良いとこ一度は御出で ―――カラン。 石段の下で遠くの茜色した空を見るともなく見やっていた和臣が、聞こえてきた固い木と地面が触れ合う音に顔を向ければ、待ち人が戸を開けて出てきたところだった。 「小夜」 「和臣さん、お待たせしました」 宿で借りた夕焼け色の浴衣を着た小夜がカランコロン雪下駄を鳴らして小走りに駈け寄ってくるのに、慣れない履物に転びやしないかと職務怠慢な表情筋の下ではらはらしつつ和臣は自分から小夜に歩み寄った。 150pちょっとの小夜と190p強の和臣では歩幅が違いすぎる。小夜が3歩も4歩もかかる距離も、和臣なら一歩で事足りる。あっと言う間に目の前に歩み寄った和臣を眩しそうに見上げ、小夜はそっと和臣の片腕に手を添えた。 「いや、たいして待ってない」 「………ありがとうございます」 小夜はじっと和臣の目を見つめた後、幸せそうにはにかんで和臣のすっかり冷えた手のひらにそっと自分の手のひらを重ねる。バレバレだったかと少しバツの悪い思いをしつつ、和臣も小夜のほかほかと温かい手のひらをそっと握り込んだ。 今年の年越しは二人きりで。 初夏の和臣の誕生日にどちらともなく交した約束通り、和臣と小夜の二人は家族との年越しを丁重に断り、和臣の運転する自動車で静かな佇まいの温泉宿に来ていた。 有名雑誌に載っているような大きな宿ではなく、こじんまりとした知る人ぞ知る居心地の良い宿を二人も直ぐに気にいった。この宿を紹介してくれた和臣の義兄には、確りお土産を買って帰ってお礼をしよう。 「飯、美味かったな」 「はい。とっても美味しかったですね」 満足そうに笑う和臣に、熱い茶を入れた湯呑を手渡しつつ小夜もにっこり微笑む。表情筋と常に接続不良を起こしている和臣の微小な変化を読み取れるのは家族と親友共、そして小夜くらいだろう。自分でも写真越しに「何考えてんだ?」と思うような無表情から、「あ、和臣さん、このときすっごく楽しかったんですね」とにこにこ微笑む小夜の観察眼は推理小説の中の名探偵並だといつも思う。一度何故判るのかと訪ねたら、頬を染めて「ないしょです」と唇の前に人差し指を立てられた。あんまり可愛らしすぎて、うっかり理性を8割以上飛ばしたのをよく覚えている。あの夜の小夜は本当に可愛かった。 彼らが出会って早4年。小夜は相変わらず和臣に対して敬語気味で、気にしたこともあったがそれは和臣相手の癖なのだともう知っている。どうやら小夜の中では和臣はヒーローらしいので、これから何十年一緒に過ごしても完全に抜けることは無いのだろう。 「これからお互いに忙しくなってくけど、いつかまた来ような」 「ええ、またいつか来ましょうね」 除夜の鐘音を遠くに聞きながら、浴衣の肩と肩を触れ合わせて二人はそっと寄り添いあった。 3.冬でも夜空に華の咲く ―――わいわい、がやがや。 大勢の人々がたてる音は何処か潮騒に似ていて、ざわざわと動く様も波の満ち引きを思わせる。とある『女の子たちの憧れのお城☆』の天窓なんて一般人が立ち入って良いのかどうかどうなんだかな場所から地上を見降ろした柚樹は、その高さにくらりとしたものを感じて急いで一歩退いた。 「………よくこんなとこに入れるコネなんて持ってたね」 「うん。子供の頃、父さんに連れてきて貰ったのを思い出して頼んでみたんだ」 天窓と言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけて言えばようはメンテナンス用の出入り口だ。激レアだ。彰吾父、マジで何者だ!? 「何かもう、凄過ぎてうっかり人に話せないくらいレアだよね」 「あははは、そうだね。身内以外には内緒にしといた方がいいかもね」 「そーする」 悪戯が成功した子供のように楽しそうに笑う彰吾に、柚樹はちょっぴり恨めしそうな顔をしつつも、彼に促されるまま外に視線を向け、 ―――ドンっ! 瞬間、夜空にいくつもの光の花が咲き乱れた。 「っうわぁ!」 「大迫力でしょう?」 言葉も無くこくこくと頷くのが精いっぱいの柚樹。嬉しそうに顔を綻ばせた彰吾は、そっと柚樹の肩を引き寄せて、二人揃ってしばし光のイリュージョンに魅いった。 ―――ドンっ!パラパラパラ……… 最後の大花火が夜空を彩り、光の魔術は終わりを告げる。 「たーまやー」 「かーぎやー」 消えゆく光の大花に小さくお約束の掛け声をかけて、二人は顔を寄せ合い微笑みあった。 4.仲良きことは美しきかな ―――がらん、がらん。 ―――パンっ、パンっ。 「今年こそっ! 今年こそっっ!! 彩ちゃんとごふぅっ!!」 「そのネタはもういいっっ!!」 みなまで言わせず背中を蹴り倒す姿は最早すっかりお馴染だ。周囲も「あー、また今年もかよ。けっ、リア充爆発しろっ」な視線で生温かく遠巻きにしている。当然、ちゃっかりその一部に紛れ込んでいた美幸は、手を繋いで隣りに立つ美華と顔を見合わせ苦笑し合った。 「まったくもう、あんたはっ」 「いだっ、いだだだだだっ!! ちょっ、彩ちゃぁぁぁんんん!!」 由樹の耳を引っ張り戻って来た彩花は相変わらず委員長体質だ。何処でも此処でも問題児に手を焼かされ、でも放っておけない苦労性な世話好き体質。――――――苦労するな、委員長。 「さて、御神籤でも引きにいくか」 「ええ」 美華と手を繋いで歩く美幸達と、由樹の耳からは手を離し今度は片腕を引っ掴んで歩く彩花達。この四人組は周囲からどのように見えているのか、はてさて。 「なぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ!!! だ、大凶ぉぉぉ!!?」 「あ、私、大吉」 「俺、小吉」 「私は中吉です」 大袈裟なまでに驚愕を露わにする由樹を他所に、次々と引いて行った他三人はみんな吉の文字。それになおさらショックを受けた由樹はその場に膝をつき打ち拉がれた。 「がああぁぁぁぁん、俺だけ凶の字っスか……」 うじうじとのの字を書きだす由樹。他人の振りをするため、心配する美華の手を引いて離脱する美幸。ぷるぷると肩を震わせている委員長もとい彩花。 「どーせ、どーせ、俺だけ大凶なんだ……お先真っ暗なんだぁ……」 ぶちり。 聞こえるはずの無い音が響いたと思った瞬間、彩花が両手を伸ばし、引っぱたく勢いで由樹の両頬を包んで顔を持ちあげる。強引に視線を合わせ、ぎんっと睨みつけ、吠えるように叩きつけた。 「ああ、もうっ。うじうじめそめそしないっ! どーせずっと私と一緒にいるんだから、プラマイゼロで問題無しよっ!」 「っ!!! あ、彩ちゃんっっ!!!」 「っな!? ひ、人前で抱きつくなぁぁっ!! ってか、どさくさ紛れにどこ触ってんのよ!! さっさと御神籤結んできなさいっ!!!」 真っ赤な顔での熱々の告白に、此方も頬染め満面の笑みになった由樹が感激にがばりと抱きつき、どさくさ紛れに巨乳に顔を埋めて頭に肘を落とされる。本当に、相も変わらず立派なバカップルである。羨ましいとは思わないけれど。 「俺らは二人でプラスプラス、だな」 「はい」 今年もやっぱりこの四人は変わらないようである。 5.そして今年も彼の人はやさぐれる…… 「あーあー、いいよなぁ。この日に仕事の無い奴らは」 「あ、暁?」 「なぁ、せっかく大凶引いた奴いるんだしさぁ、こう、呪いとかプレゼントってダメ?」 「駄目に決まってんだろ!? ちょっ、目がヤバいぞ!!?」 「俺、ここ数日まともに寝てないんだよなぁ」 「め、目が据わってる……」 「ここはさ、一発どっかーーんとやっちゃダメ?」 「駄目、ですっ!! って、なんで俺しか今年はストッパー役居ないんだ!!?」 既に持ち場に移動済みの四神に厄介事を全て押し付けられた和泉と、年々やさぐれ度が上がって行く暁を他所に、周囲はいと平和に年が開けて行くようだ。 「高槻神社のある町 -その周辺の人々4-」END. |