「平穏な一日」
 
「陰謀を感じる……」
「あ゛? 何がだよ?」
 ぼそりと独りごちたリクオの呟きに、床の上に上半身を起こしたままの牛頭丸が律儀に返す。つい今し方つららに一喝されたばかりの室内は、今はけが人三人だけで薬師の鴆も薬草を煎じる為に席を外していた。それもあってか、さんざん周囲から休め休めと叱りとばされたリクオは、それでも性懲りもなく床の上に身を起こしたまま、うろんな眼差しを向ける牛頭丸に多分に幼さを残すしかめっ面を向けた。
「自分の部屋でなく牛頭丸たちと一緒の部屋なのは、鴆くんの負担を減らす為だって分るよ!? でも、ならどうして、ボクの方が後に運ばれて来たのに部屋の奥に寝てるのさ!? わざわざ牛頭丸たちを廊下側に運び直してまでっ!!」
「んなもん、てめぇが無茶しねぇよう見張りも兼ねてるからに決まってんだろーが」
「やっぱりぃぃぃ」
 そう、この状態では、下手な真似をしようものなら即行で鴆と牛頭丸に止められてしまう。しかも、体の弱い鴆や大怪我して未だ床上げに程遠い牛頭丸相手では、彼らの体を気遣って碌な抵抗もできやしない。そうこうしている内に、騒ぎを聞きつけたつららにまた一喝されかねない。
「怪我してる時くらい大人しく休んでなよ、牛頭丸も……」
「その台詞、そっくりそのままてめぇに返してやる。オレらをちゃんと休ませてぇなら、まずてめぇがきっちり休みやがれ」
「……………はい」
 包帯だらけの牛頭丸にギロリと睨まれたリクオは、しおしおと大人しく床に就くのだった―――
 
 
「いやぁ、イイ一喝だったぜ」
「本当に」
 薬湯用の小鍋を火に掛けつつ小気味良く笑う鴆に、これまた専用の小さなまな板の上で薬草を刻みながら此方もやはり笑顔の首無しがくすくすと忍び笑いを盛らす。そんな男達をちろりと横目で見やりつつ、つららは料理の仕度の手を止めぬまま小さく肩を竦めた。
「だって、リクオ様ってば、ああでも言わないと休んでもくださらないんですものっ」
 思い出すことでまた怒りがぶり返したのか、黒目がちの大きな双眸がしんなり据わっている。心なしか彼女の周囲に氷の結晶が漂い、次々と増えるその数にだんだん少女の姿が霞んでいく。
「本っ当に、リクオ様は………っ」
 急激に冷えだした周囲の気温に男達がヤバイと顔を見合わせ、それぞれ小鍋とまな板を引っつかんで台所の出入り口から退避したのと、少女が本日二度面の大爆発を起こしたのは同時だった。
「どーして怪我してる時くらい大人しく休んでくださらないのーーーっっっ!!!!」
 間一髪氷付けを免れた男達は、すっかり凍りついた台所の入口を前に唖然と目を見交わす。その手には小鍋とまな板。薬湯を作りたくとも火は氷の中で手出しが出来ない。
「どーすりゃいいんだ……」
「どーしましょうか……」
「あら? 二人ともどうしたの?」
 そこに丁度通りがかった若菜は男達の目の前の惨状を見て一目で察し、無言で立ち尽くす男達ににっこり笑いかけた。
「すき焼き用の携帯ガスコンロがあるんだけど使う?」
「「お借りします」」
 台所はただいま立ち入り禁止中―――
 
 
 
「お手」
 はふっ。
「お座り」
 ぽふっ。
「三遍回ってわんと鳴け」
 ぐるぐるぐる、わんっ。
「よしよし、さすがボクの犬だ。お前は賢いな」
 わんっ。
「よしよし、一緒に食事にしような」
 わふっ。
「すっかり仲良うなったな」
「すっかり邪気が抜けましたねぇ」
 それは君が傍に居てくれるから―――
 
 
 
「やれやれ、何じゃ、なぁにが心配なんじゃ、お主は」
 ―――
「そんなに心配せんでも、あいつらなら大丈夫じゃろぉよ」
 ―――
「なにせ、お主とわしの若い頃によう似とるからなぁ」
 ―――
「どうせ見るなら心配でじゃなく、どーんと高みの見物とでも洒落込んでおけ」
 ―――
「そのうちわしが逝った時には、歴代の鴆も交えて若いのどもを肴に酒でも飲もうや」
 ―――
「のう、狒々?」
 ―――
 それは、いつかの未来の優しい約束―――
 

 

 

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