「叶うなら、いつまでも」
 
「よっ、と」
 白墨で汚れていた黒板を掃除し、全員何だかんだとサボって帰ってしまった教室の掃除も片付けて、ついでだからと机の並びまで整えて。
「こんなもんかな」
 最後の一席を整えて、ぐるりと周囲を見回す。入り日の茜色に包まれた教室はどこか仄哀しく、独り取り残されたような、独り弾かれたような、茫漠とした寂寥を感じさせた。この胸を刺すような強烈な孤独感は、本来自分が『此処』に属さないものであると知っているからだろう。
 いつ弾き出されても仕方の無い自分。
 いつ弾き出されるか怯えている自分。
 いつ弾き出されてもいいように覚悟している自分。
 いつだって覚悟している。明日にもこの場所に来ることが叶わなくなるかもしれない。今日にも『此処』から弾き出されるかもしれない。今にも『人間の世界』に拒絶されるかもしれない。
 例えば、卒業前の教室を見るような。
 例えば、転校前の学校を見るような。
 例えば、袂を別つ前の友を見るような。
 いつだって、そんな感情が何処かに在って。だから、『今』できる全てが酷く大切で、酷く愛しいのかもしれない。自分の行動を都合良く使っている人が居るのも知っている。自分の行動を便利に思っている人が居るのも知っている。そんな彼等の思行に、便利に使われているように見える自分に、本気で憤ってくれている人が居るのも知っている。でも、本気でただ自分がやりたくてやっているのだ。『今』しかできないから、『今』しかできないことを、『今』目一杯やっておきたい。やがて来るいつか、後悔しないように。だって、必ず『終わり』が来る事を知っているから。
「いつまでいれるのかな……」
 いつまでボクは貴方達に受け容れて貰えるのだろうか。
 いつまでオレは貴方達の傍に居られるのだろうか。
 
 ―――ガラっ。
 
「リクオ君!? ヤダ、一人で掃除してたの!!? あー、もうっ! またアイツ等、リクオ君に押し付けてっ!!」
 たった独りの居者と共に暗く沈み行っていた茜の教室が、音高く入室してきた一人の少女の明るい声に染まった。高く澄んだ少女の声は、しんしんと寄り満ちる闇と共に教室に蟠っていた物悲しい彩を見事なまでに鮮やかに染め変えて見せた。
「カナちゃん。いーんだよ。ボク、こういうの好きだから」
「もうっ! リクオ君がそうやって甘い顔するから、アイツ等みたいのが付け上がるのよっ!!?」
 バンっ、と机に手のひらを突き、可愛らしい顔を顰めてぷりぷり怒る少女に自然と笑みが浮かんだ。
 ボクの為に本気で怒ってくれるひと。
 ボクはいつまで君の傍に居られるのだろうか。
 オレはいつまで君に受け容れられて貰えるのだろうか。
「もう終わり? だったら一緒に帰ろう、リクオ君」
「うん、カナちゃん」
 教室の扉を大きく開き自分が来るのを笑顔で待っていてくれる幼馴染の少女に、机の横に掛けていた鞄を掴んでぱたぱた駆け寄りながら自然に笑み綻んだ。
 ああ、本当に―――
 
 いつか終わりが来ると知った時から、全てがとても大切になった。
 いつかお終いにしなきゃならないと解った時から、全てがとても愛しくなった。
 妖の『家族』も大事。
 人間の『友達』も同じだけ大事。
 永遠なんて無いと知っている。
 このままずっとは無理だと解っている。
 既に選択は済んでいるから。
 だからこそ。
 もう少し、あと少し。
 叶うなら、いつまでも―――
 

 

 

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