「まだ、あともう少しだけ」
 
 『夢』を見る。
 ずっと目を逸らし続けてきた情景を。
 『夢』を見る。
 ずっと耳を塞いできた約束を。
 『夢』を見る。
 ずっと、本当はずっと、この胸の奥で息衝いていた想いを。
  
「全ての妖怪は、オレの後ろで百鬼夜行の群れとなれ」
 
 そう、あの時、生まれて初めて血が目覚めた時にもう決めていた。
 
「オレは三代目を継ぐぜ」
 
 護りたいものを護り通す為に、護れるだけの力を持つと。
 
 なのに。
 『今』を手放したくなくて、『今』も大事で、もう少し、もう少しだけと二の足を踏んでいた。
 『人間である自分』でいたかった。
 『人間である自分』に関わる全てが大切だった。
 『妖である自分』を認めて『人間である自分』の大切なものに否定されたくなかった。
 『人間である自分』が大切だと想うものを失うのが怖かった。
 でも。
 
「もう、時間だよ」
 
 護りたいものが在る。
 護れるだけの力も在る。
 『人間である自分』にできない事も『妖である自分』にならできる。
 だったら。
 護りたいものを護る為に。
 大切なものを失わない為に。
 大事なものを一つ残らず零さない為に。
 一つ、自分だけの大切なものを手放そう。
 
「だったら…人間なんてやめてやる!」
 
 答えは最初から出ていた。
 ボクは最初から選んでいた。
 大切なものを護るために、大切なものを一つ手放すと。
 護る力を得るために、護りたかったものを一つ手放すと。
 最初から、オレは選んでいた。
 
「オレが守ってやるよ」
 
 大切なもの全て。
 大事なもの全て。
 護りたいもの全て。
 オレが、絶対に護り抜いてやるよ。
 例え、ボクだけの大切なものを一つ手放しても。
 それ以上に、大切な全てを護れるのならば。
 オレだけの大切なものくらい、惜しくは無い。
 惜しくは、無いよ。
 
 ただ、願わくばもう少しだけ。
 あと、ほんのもう少しだけ。
 せめて全ての『夢』を見て。
 せめて全ての約束を思い出して。
 せめてもう少しだけ眠って。
 だから、それまでどうか。
 だから、ほんのあと少しだけどうか。
 
 どうか、誰も何も訊かないで―――
 

 

 

inserted by FC2 system