「追いつきたかった背中」
 
      眼を閉じれば、いつだって思い出せる―――
 
 
「おとーさぁん」
「リクオっ」
 
 ぎゅっとしがみつくと、笑いながら軽々と抱き上げてくれる両腕が好きだった。
 
「行くぜ、野郎ども。
 誰が最強か奴らにきっちり教えてやる」
 
 いつだって凛と立つ、真っ直ぐな姿が好きだった。
 
「おとーさん、だぁいすき」
「オレもリクオが大好きだぞ」
 
 遊び疲れた自分を負ぶってくれた温かくて大きく広い背中が大好きだった。
 
 
      眼を閉じたその闇の向こうに、いつまでも焼きついている―――
 
 
「っ!? あんたは……」
 
 懐かしさと愛おしさと痛み。
 どこか泣きそうな瞳で、初めて会う少し年上の少女を見ていた眼差し。
 
「おとーさん?」
「リクオ……いや、何でもねぇよ」
 
 初めて感じる父親の雰囲気に思わず見上げれば、直ぐにいつものように笑って応えてくれて。
 少女と三人、手を繋ぎ合って歩いた山吹の小道。
 
「あなた……っ」
「総大将っ!!」
 
 そして、傷一つなかった誇り高き背中に初めて刻まれた、深い深い凶刃の禍痕が大好きな父を奪っていった。
 
 
      幼きあの日の朧な記憶。
      闇の深闇で嗤うのは、白き面の狐―――
 
 
「オレはきっと親父の仇に会っている」
 
 友を助けたいのは本当。
 
「オレは狐に会いに京に行く」
 
 だが、それ以上に、父の仇に会いたかった。
 
 
      其処は深き闇の帳に包まれたこの世ならざる京の都―――
 
 
「っリクオ様!! 良かった、私はまだお護りできるっ!!」
 
 晴れやかに鮮やかに微笑んだ顔はとても綺麗で。
 
「取り返したくば、取り戻しに来い!!」
 
 護れなかった背中が情けなかった。
 
「大将の強さが、後に続く百鬼の強さとなるのだっ!!」
 
 眼の裏に浮かぶのは、幾数多の妖怪を背負ってなおびくともしなかった強き背中。
 まだまだ小さな自分は、あの背中のようになれるのか?
 
「オレも羽を広げて飛びてぇ」
 
 美しくも禍々しい翼は、宿す猛毒とは裏腹に闇に映える美しさで。
 
「リクオ様はきっと来てくださるっ」
「オレはお前の百鬼夜行で、羽を広げて飛びてぇ」
 
 信じてくれている。
 それだけで、どれだけだって強くなれるのだと知った。
 
「ボクは強くなる」
 
 力強い腕を覚えている。
 揺ぎ無い姿を覚えている。
 広く大きな背中を覚えている。
 
「ボクは、強くなるっ」
 
 自分のために笑ってくれる笑顔が綺麗だと思った。
 信じてくれる心が自分の強さになると知った。
 だから―――
 
「オレは狐に勝つ」
 
 大好きな背中があった。
 いつか追いつきたい背中があった。
 
「オレの百鬼夜行が最強だっ」
 
 だから。
 今、父の背中を越えていく――― 
 
 

 

 

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