「血を継ぎし者」
 
 其は、闇の血を継ぐ者なり。
 闇の意志を継ぐ者なれば、その姿、闇すら染めえぬ者なり。
 
 
 
 蜂の巣を突いたような騒ぎは阿鼻叫喚と言っても良いくらいだ。誰も彼も不安の暗雲を背負って情けねぇ事この上ねぇ。
 何故、己が心底惚れた主を信じられない?
 何故、アレがそう簡単にどうこうされる命【タマ】だと思える?
 在りえない。
 アレは、闇の主だぞ?
 アレは、百鬼夜行を率いる総大将だぞ?
 アレは、己等が主と仰ぐ、それだけの価値も魅力も見出した、己等を魅縛せし者だぞ?
 一体全体、何を以ってしてくだらねぇ心配をしてやがるのか、こいつ等は。
「じいちゃんなら大丈夫だよ」
 こんな時期に、態々何も告げずに動いたのであれば、それ相応の理由が在るのだろう。鴉の言うように狒々の落とし前を付けに行ったのもあるだろうし、襲撃者に心当たりでも有るのかも知れない。
 何はともあれ、何も告げずとも察すると信頼すればこその行動だろうに、その信頼を向けられたお前らが誰よりうろたえてどうするよ。まったく、情けねぇにも程がある。アレが何も告げずに行ったその理由を、始まりからの側近ともあろう者が読み違えるか?
 ―――まあ、行き成り頭を失った奴等の混乱も解らないでもない。何せ、奴等にとって頭にアレが居るという安心感は、もう随分になる年季もんだ。筋金入りと言っても良い。よしんば、これもまた予想の内だと言うならば、何て性質の悪ぃ真似をしやがるんだが。
 あーあ、まったく、しようがねぇ。
 爺の思惑の一端に乗せられるのは業腹だが、これを収めるがオレに向けられた信頼だというなら、文句のつけようも無いほど見事に収めてやろうじゃないか。
 本当に、まったく、しようがねぇ。
 オレが、護ってやるよ。
 今までオレを護り続けてくれたこの家の者達を。
 今度はオレが護ってやるよ。
 これからもオレを護り続けてくれる愛しい『家族』を。
 護ってやる。
 何からも、誰からも。
「これからは、奴良組はボクが仕切る」
 必ず、護り抜いてやるよ。
 
 
 
「けっ、どいつもこいつも。右往左往して情けねぇ」
 庭木の上で騒動を眺めていた小柄な影が忌々しげに毒づいた。これで己の敬愛する主を含めた多数の組を取り仕切る本家だと言うのだから、情けなさも一入【ひとしお】だ。たかが頭が行方知れずと言うだけで此処まで混乱するとは、情けないにも程がある。
 だが、そう毒づく彼もまた、その敬愛せし主が何も言わず行方を眩ませれば、見下ろす彼等と同様に、うろたえ、混乱し、右往左往するに違いないのだ。表面に出すか出さないかは別にしても。
 同じ状況に陥った場合の己を完全に思考の彼方に置き、小柄な人影は我関せずとばかりに、頭の後ろで腕を組み、庭木の太枝に長々と寝そべった。
 
 ―――カサリ。
 
 草を踏む音に見下ろせば、木の根元につい先程、下僕達に向かって威勢の良い啖呵を切った己の所属する組の若頭が立っていた。珍しく眼鏡を外した人の姿のリクオが、樹上の牛頭丸を見上げる。余計な硝子を通さぬその風貌は、嫌でもあの新月の夜を想起させた。
「其処で、高みの見物と洒落込めば良いさ」
 リクオが、金色雑じりの明るい色の瞳を細める。その口の端に刻むは、艶【あで】やかな笑み。
「お前の望むものを見せてやろうよ」
 雲の切れ間より降り注ぎたる月の光が、眼下で佇む人の子を照らし出し。
 その端正な素顔に浮かべたる冴え冴えとした笑みに、知らず魂を掴み取られ。
 
 ああ、このひとは―――
 
 人の姿も、妖の姿も、見るものを魅せずにはいられない存在なのだと。
 本当に、今更気がついた。
 
 
 
 其は、次代の闇の主。
 闇すら染めえぬ、百鬼を魅せた闇の主の血を継ぎし者。
 

 

 

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